阿部典史さん亡くなる

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悲し過ぎる事故、ノリックの相性で慕われていた阿部典史さんがお亡くなりになりました、、、、

阿部さんは1994年から二輪の最高峰クラスである世界ロードレース選手権に参戦し、3度の優勝を飾っている。

“ノリック”の愛称で親しまれてきた日本一の人気ライダー、阿部典史さん(32)が7日、川崎市内で起きた交通事故で死亡した。

今年から全日本選手権に復帰していた世界グランプリライダー、ノリックこと阿部典史選手が、神奈川県川崎市の市道で500ccのスクーターを運転する途中、走行していた片側2車線の道路うちの前方左車線を走行していた輸送会社の4トントラックが違法にUターンをしてきたところに後方右車線側から衝突、約2時間半後に搬送先の病院で帰らぬ人となってしまった。享年32歳だった。

事故死したカリスマライダー、「ノリック」こと阿部典史(のりふみ)さん(享年32)の父でオートレーサーの光雄さん(58)は8日、出場中だった浜松オートを欠場した。

世界を舞台に活躍したライダーが非業の死を遂げた。川崎署によると、阿部さんは同市川崎区大島1丁目の片側2車線の市道の右車線をスクーター型の500CCバイクで北上中、前方の左車線からUターンしようとした4トントラックを避けようとしたが、衝突して対向車線に放り出された

阿部さんは、ロードレース世界選手権で優勝するなどの実績を持つ、日本を代表するレーサーの1人。

「彼も世界で頑張っている」と自分を奮い立たたことがある。 子供のような笑顔と英語でインタビューに応える彼は、いかしていた。

日本GPに本当に天才としてデビュー。史上最年少でGP500タイトルを獲得し、世界GPへ。
ホンダのマシンでGP500で活躍、独特の超アグレッシブなライディングと、親しみ易い性格で世界GPにすぐに溶け込み、世界中でノリックファンを獲得、その中にはあの史上最も成績を残したチャンピオン、バレンティーノ・ロッシもその1人。自分自らノリックのファンだと公言し、『ろっしふみ』というニックネームを自ら付けていたという逸話もあります。
その後ヤマハへ移籍、YZRで100%で走る姿は今でも印象的です。

全日本ロードレース選手権フル参戦一年目の1993年に最高峰クラスの500ccクラスにおいて、史上最年少の18歳でチャンピオン、そして500ccクラス最後のチャンピオンとなった。

鈴鹿で開催された日本GPでバックストレートでブレーキが壊れた!時止まれないと思ってとっさにバイクを下りてかすり傷で済んだという伝説的な出来事、彼こそこんなことにならない星の元に生まれて来た筈でした。本当に残念でしょうがありません。
32歳、JSBにも参戦しまだまだファンの前で走る姿を見せてくれている矢先に、スクーターの事故でお亡くなりになるなんて、なんてことでしょう。

ノリックが亡くなった現場には、多くのファンが悲しみを噛締めているとのことです。

強い雨の中、早朝からファンが詰めかけ、阿部さんが倒れていた路上が祭壇のようになった。阿部さんのホームページ(HP)掲示板には秒単位で「ありがとう」「忘れない」などの書き込みが殺到した。

どうか安らかに、ご冥福をお祈りいたします。

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